NONA REEVES BIOGRAPHY

1992年

  • 4月初旬 ● 西寺郷太と小松シゲル、早稲田大学本部キャンパスにて入学式直後に出逢い、同じロック・サークル「トラベリング・ライト」に入る。

1993年

  • 4月 ● 2年生になっていた郷太と小松、SLY & THE FAMILY STONE のカヴァー・バンドを他のメンバーと臨時結成。早稲田大学・大隈講堂の向かい側にあった今は無き第二学生会館にて「I WANT TO TAKE YOU HIGHER」、「STAND!」など数曲をパフォーマンス。新入生だった奥田健介はライヴを観て、「トラベリング・ライト」に興味を持ち、ここで後の「NONA 3」が揃うことにななる。

1994年

  • 小松と奥田は、ベーシスト千ヶ崎、そして現在ソングライター、プロデューサーとして活動する谷口尚久(当時の担当は Vocal & Guitar)とともに「ハラショーズ」として主に活動、吉祥寺曼荼羅などでライヴを重ねる。郷太のバンド「SLIP SLIDE」も渋谷のラ・ママなど沢山のライヴハウスで活動するが、最後までメンバーが固定することなくまたまた空中分解して解散。郷太によるとメンバー脱退時に告げられた理由のほとんどが「ポップ過ぎるから」だったという。

1995年

  • 春 ● 郷太は下北沢のライヴハウスにて当時巻き起こりはじめたギター・ポップ・ムーブメントを体感。ELECTRIC GLASS BALOON、STARWAGON、PEALOUT などのギター・バンドに非常に強い影響を受ける。この時、「自分が好きなメロウでグルーヴィーなソウル・ミュージックを、敢えてラウドなギター・バンドのスタイルで演奏する」というアイディアを思いつく。
  • 5月 ● 郷太、4tr の MTR で「BIRD SONG / 自由の小鳥」のデモテープを単独制作。その際、いつかバンドになることを夢想し、モータウン・レコード伝説の女性ソウル・シンガー MARTHA REEVES と、彼の永遠のアイドル MARVIN GAYE の娘 NONA を組み合せ、名義を NONA REEVES とした。ちなみに NONA とはラテン語で「9」の意味も持つ。9は、西洋、東洋ともに歴史的に「最高」の象徴とされる数字。
  • 6月 ● 郷太、一大決心をして当時小松が深夜バイトしていたファミリー・マート夏目坂店まで「自由の小鳥」のデモ・テープを持ってゆく。
  • 10月 ● 新宿 JAM にて、NONA REEVES はじめてのライヴ。この頃、カセット・テープで「BIRD SONG EP」、「SIDECAR EP」を自主作成。いずれもライヴハウスにて約500本ずつ無料配布。このカセットに収録された曲達は、後にファースト・アルバム「SIDECAR」に収録されることになる。

1996年

  • 2月 ● 下北沢 QUE にて、奥田健介がライヴ初参加。このことで、初期 NONA REEVES は、西寺郷太 (Vocal) 、奥田健介 (Guitar / Keyboards) 、師岡忍 (Guitar) 、小山晃一 (Bass) 、小松シゲル (Drums) の5人による完全なバンド体制になった。
  • 3月 ● はじめての大阪へのライヴ遠征。この時期より、郷太と奥田は共作をはじめる。ふたりの初共作は「MY LOVELY NONA」。
  • 4月 ● 8tr の MTR で「MY LOVELY NONA EP」制作。カセット・テープで約500本配布。
  • 5月 ● インディペンデント・レーベル、UNDER FLOWER / GIANT ROBOT RECORDSと契約。夏から目黒のファースト・ステップ・スタジオでレコーディングをはじめる。
  • 12月13日 ● 記念すべきファースト・アルバム『SIDECAR』リリース。同時期にデビューした SUPER BUTTER DOG と共同で、タワー・レコード渋谷店にて発売記念イベントを開催。

1997年

  • 初頭 ● 『SIDECAR』の大好評を受け、急遽ミニ・アルバム『QUICKLY』の制作にとりかかる。しかし、曲が多数生まれたことで結果的にセカンド・アルバムとして発表されることになる。
  • 8月 ● セカンド・アルバム『QUICKLY』リリース。この作品を発表した後 NONA REEVES は、西寺郷太 (Vocal) 、奥田健介 (Guitar / Keyboards) 、小松シゲル (Drums) の3人に再編成される。
  • 11月 ● 「GOLF EP」にて、ワーナー・ミュージック・ジャパンよりメジャー・デビュー。リード・トラックはノスタルジックな「FORTY PIES / フォーティ・パイ」。カップリング曲「HiPPY CHRiSTMAS / ヒッピー・クリスマス」は、1999年から、2008年現在まで続くクリスマス・イベントのタイトルとなっている。

1998年

  • 4月 ● 「WARNER MUSIC EP」リリース。ノーナ史上最もソフト・ロック色の強い作品。郷太が監督した「WARNER MUSIC / ワーナー・ミュージック」のプロモーション・ヴィデオは、当時のワーナー本社で撮影され、恒川光昭社長をはじめ沢山のスタッフの協力で完成した。下北沢 251 にて、初ワンマン・ライヴ開催。
  • 8月 ● 「I HEARD THE SOUND EP」、クリップ集「VTR」同時発売。「I HEARD THE SOUND (Pt.1) / 鼓膜の中の愛」のジャケット、ヴィデオの撮影は吉祥寺の井の頭公園などで行われた。この頃から、全国各地のFM, AM局でレギュラー番組がはじまる。同月、はじめての TOUR 「ANDY SUMMER TOURS 1998」(東京・名古屋・大阪・金沢)スタート。
  • 9月 ● LIVE「渋谷屋根裏 TWO DAYS」

1999年

  • 2月 ● メジャー・デビュー・アルバム『ANIMATION』リリース。この作品では、「TUBE RIDER / 渚のチューブ・ライダー」など数曲で、はじめての外部プロデューサーとして冨田恵一 ( 現在の冨田ラボ )を迎えている。
  • 3月 ● TOUR 「ノーナ革命 1999」(東京・名古屋・大阪)
  • 8月 ● 山本拓夫を共同プロデューサーに迎えたシングル「BAD GIRL / バッド・ガール」発表。当初、「ギター・ポップ・バンド」と言われた NONA REEVES が、A.O.R、ソウル・ミュージック路線にシフトした作品。同月、郷太のはじめてのプロデュース作品『SPOOCHY』が GIANT ROBOT RECORDS より発売。KYOKO、REIKO、MICHI からなる3人組ガールズ・ユニット。
  • 9月 ● LIVE「テニスコートの誓い」(東京)
  • 11月 ● セカンド・シングル「STOP ME / ストップ・ミー」リリース。
  • 12月 ● はじめての全編日本語詞によるアルバム『FRIDAY NIGHT』発表。この作品で、「ジャパニーズ・ブルー・アイド・ソウル・バンド」 NONA REEVES が完成した。同月、アナログ『MY LOVELY NONA』発売。それまでの代表曲と、CD未発表の「ANIMATION I LOVE HER」収録。同月、初クリスマス・ライヴ「HiPPY CHRiSTMAS 1999」開催。

2000年

  • 1月 ● TOUR 「MIDNIGHT LOVE TOUR 2000」スタート(東京・名古屋・大阪・金沢・仙台)。
  • 3月 ● 筒美京平プロデュースによるシングル「LOVE TOGETHER / ラヴ・トゥギャザー」リリース。筒美京平との画期的なコラボレーションで生まれたこの曲は、以後 NONA REEVES の代名詞となった。
  • 4月 ● ドイツのインディ・レーベル SHIBUYA HOT RECORDS より初期の楽曲のコンピレーション・アルバム『SOUL FRIEND』が世界発売。それを記念してドイツ・フランクフルトに招待される。はじめての海外ライヴは異様なまでの熱気に包まれ終わった。
  • 7月 ● LIVE 「LOVE SHOCK 2000」(大阪)
  • 8月 ● はじめての自主イベント「WAW (We Are the World)」 開催。現在までに東京大阪で6回(9日間)開催。出演アーティストは、SUPER BUTTER DOG、clammbon、Cymbals、advantage Lucy、northern bright、BEAT CRUSADERS、GREAT 3、CUBISMO GRAFICO FIVE、DOPING PANDA、堂島孝平、Scoobie Do、The GIRLHUNT、Mellowhead、Boo。
  • 9月 ● YOU THE ROCK ★ との初共演、再び筒美京平プロデュースによるシングル「DJ! DJ! (What have I done to deserve this?) / DJ! DJ! 縲怩ニどかぬ想い縲怐vリリース。後に主流となる「ハッピーなラップ・ミュージック」の先駆けとも言えるダンス・クラシック。
  • 10月 ● アルバム『DESTINY』発表。後にパーマネントなサポート・シンガーとして活動を共にすることになる真城めぐみ(Hicksville)と「二十歳の夏(Pts.1 & 2) 」で初共演。同月、『DESTINY』収録のパーティ・チューンをコンパイルしたアナログ「LOVE TOGETHER」発売。
  • 11月 ● TOUR「NAGOYA & TOKYO DESTINY LAND」(名古屋・東京)
  •  12月 ● LIVE「HiPPY CHRiSTMAS 2000」(東京)この頃より、メンバーがDJをはじめ、三宿web、新宿OTO、渋谷オルガン・バーなどで定期的にレギュラー・イベントを開催するようになる。その他、3人それぞれが全国各地でDJとしても精力的に活動。

2001年

  • 4月 ● 前年発表された「LOVE TOGETHER」が、TVアニメ「パラッパラッパー」のテーマ曲となりリアレンジされ、再発売。
  • 夏 ● 郷太が少年隊の舞台「PLAYZONE " 2001" 新世紀 EMOTION」のテーマ曲「プリマヴェラ 縲恷ワ熱の女神縲怐vを作詞。
  • 11月 ● ワーナー最後のシングル「I LOVE YOUR SOUL / アイ・ラヴ・ユア・ソウル」と、須永辰緒、小西康陽、SUGIURUMN、ふかわりょう、CUBISMO GRAFICO、ダンス★マン、SHINCO(スチャダラパー)など豪華リミキサー陣が集結したリミックス・アルバム『CHERISH! NONA REEVES THE REMIXES』を同時発売。アナログ『CHERISH! FOR THE TURNTABLES』も発売。
  • 12月 ● ワーナー時代のシングル曲などと新録作品を集めたはじめてのベスト・アルバム『GREATEST HITS / BOOK ONE』リリース。初回盤のみ、クレイジー・ケン・バンド横山剣による秀逸なリミックスが収録されている。TOUR 「ニッポン太郎!! 2001」(横浜・仙台・広島)、LIVE「HiPPY CHRiSTMAS 2001」(大阪)

2002年

  • 初頭 ● 日本コロムビアに移籍。
  • 3月 ● TOUR 「DISCOGRAPHY 2002」(東京・大阪)。
  • 8月 ● 移籍第一弾シングル「ENJOYEE! (YOUR LIFETIME) / エンジョイ・ユア・ライフタイム」発表。購入者プレゼント用のみにアナログにて、12 inch リミックス作成。
  • 9月 ● ベスト・アルバムを挟んだ2年の準備期間を経て、(俗に『ノーナのノーナ』と呼ばれる)セルフ・タイトルド・アルバム『NONA REEVES』リリース。
  • 10月 ● TOUR 「ENJOYEE! YOUR LIVETIME 2002」(東京・名古屋・大阪・福岡・広島・長野・沖縄)
  • 12月 ● LIVE「HiPPY CHRiSTMAS 2002」(東京)
  • 奥田、Cymbals のアルバム『sine』にレコーディング参加。以来、サポート・ギタリストとして2004年の彼らの解散まで、レコーディング、ツアーともに全面的に参加。小松、キリンジのアルバム『Omnibus』にレコーディング参加。この後、現在までレコーディング、ツアーともにサポート・ドラマーとしてキリンジとの活動を続けている。

2003年

  • 4月 ● 郷太、シティ・ボーイズの舞台「NOTA」で音楽監督を務める。
  • 7月 ● YOU THE ROCK ★ と再共演となるシングル「CHANGIN' / チェンジン」、そして通算7枚目のアルバムとなる『SWEET REACTION』発表。アナログ「CRYSTAL CITY EP」も発売される。コロムビア時代のジャケット撮影はすべてフォトグラファー HIROMIX によるもの。「CHANGIN'」のジャケット及びヴィデオは逗子にて撮影された。同月、郷太は the Indigo のシングル「SWEET RADIO」に共作者及びシンガーとして参加。
  • 9月 ● TOUR「SWEET REACTION 2003」(東京・大阪)開催。同月、郷太、短編小説「髭じいさん」を、文藝別冊「new」に寄稿。
  • 11月 ● 郷太が作曲家として、中島美嘉のアルバム『LOVE』に「YOU SEND ME LOVE」を提供。このアルバムは、日本レコード大賞「ベストアルバム賞」に選ばれる。
  • 12月 ● LIVE「HiPPY CHRiSTMAS 2003」小松、堂島孝平、Mellowhead などのツアー・サポートが本格化。

2004年

  • 初頭 ● NONA REEVES メルダック / Tri-M に移籍。後に徳間ジャパンと統合、バンドにとって3社目のメジャー・レーベル。
  • 4月 ● 郷太は MICHAEL JACKSON の DVD 『NUMBER ONES』に渾身のライナー・ノーツを寄稿。
  • 6月 ● 「NEW SOUL / ニュー・ソウル」、「RHYTHM NIGHT / リズム・ナイト」を初の両A面シングルとして発売。同月、初期のアルバム2枚『SIDECAR』、『QUICKLY』、そしてプロデュース・ワーク『SPOOCHY』の原盤権を郷太が所得したことにより、自主レーベル CRYSTAL CITY より3作を再発売。記念したライヴ・イベント「SOUL FRIEND FESTIVAL」2日間渋谷にて開催。
  • 7月 ● 奥田が m-flo のライヴ「2004 "ASTROMANTIC"」にギタリストとして参加。
  • 10月 ● アルバム『THE SPHYNX』リリース。「NEW SOUL / ニュー・ソウル」は郷太が音楽監督を務めたラーメンズ小林賢太郎プロデュースの舞台「PAPER RUNNER」のテーマ曲。プロモーション・ヴィデオでのライヴ・シーンは舞台上演の合間を縫って、下北沢の本多劇場にて収録された。この年の作品すべてのイラストレーション、芸術監督はニイルセンが担当。「RHYTHM NIGHT / リズム・ナイト」はお笑いコンビ、スピードワゴンから依頼され作曲した「あたし認めない」という曲をバンドで改作したもの。「US / 重ねた唇」では、ソウル・シンガー BOO とコラボレーション。BOO ヴァージョンと、NONA REEVES ヴァージョンが作られ、後者は『THE SPHYNX』に収録された。この月、TOUR 「THE SPHYNX TOUR」(東京・名古屋・大阪)。
  • 11月 ● 『SOUL FRIEND』、インディー・レーベル HAPPY ROBOT RECORDS より韓国で発売される。後に、『THE SPHYNX』も同レーベルより韓国リリース。
  • 12月 ● LIVE「HiPPY CHRiSTMAS 2004」

2005年

  • 2月 ● 堂島孝平のシングル「ナイト・グライダー」で、小松が堂島作品にレコーディング初参加。
  • 7月 ● 「透明ガール EP」リリース。表題曲「TOMEI GIRL / 透明ガール」は、作詞;いしわたり淳治、プロデューサー:矢野博康、コーラス:土岐麻子、ベース:高桑圭(GREAT 3)、アコースティック・ギター:深沼元昭(Mellowhead / PLAGUES)とかねてから信頼するメンバーを迎え制作された。
  • 夏 ● 奥田、 m-flo、空気公団のレコーディングに参加。
  • 8月 ● NONA REEVES として、アンジャッシュ、アンタッチャブル、おぎやはぎ、ドランクドラゴン、北陽などを擁する事務所、人力舎のライヴ「バカ爆発!2005」のテーマ音楽を担当。
  • 9月 ● 土岐麻子のアルバム『Debut』に奥田が2曲、郷太が1曲、作曲家として参加。小松がキリンジ堀込泰行のソロ・ワーク「馬の骨」のレコーディング、ツアーともにドラマーとして全面的に参加。同月、TOUR「NINE TOUR」(東京・大阪・名古屋)
  • 11月 ● Rhymester 宇多丸をゲストに迎えたシングル「LOVE ALIVE / ラヴ・アライヴ」発表。プロデュースは前作に引き続き矢野博康。ヴィデオでは、MICHAEL JACKSON の完全コピーで名を馳せる mj-spirit がゲスト出演。カップリングはいしわたり淳治作詞によるノーナにとって2度目のクリスマス・ソング「CHRISTMAS TIME / クリスマス・タイム」。
  • 12月 ● TOUR「HiPPY CHRiSTMAS 2005」(東京・大阪)奥田、みうらじゅんが結成した「みうらじゅんZ」の正式メンバーに。小松、名前をそれまでの「小松茂」表記から「小松シゲル」に変更。

2006年

  • 2月 ● 「 透明ガール」、「LOVE ALIVE」を収録した9枚目のアルバム『3X3』発売。
  • 3月 ● TOUR 「3X3 TOUR」(東京・大阪・福岡・金沢)
  • 4月 ● 郷太がエレキコミックの舞台「This is コント」の音楽を1曲担当。
  • 5月 ● 前年12月に開催されたライヴ「HiPPY CHRiSTMAS 2005」を収めた、NONA REEVES はじめてのDVD『LIVE』発売。
  • 9月 ● 10周年記念ライヴ「DAYDREAM PARK 2006」(東京・大阪)
  • 10月 ● アパレル・ブランド " BEAMS " の30周年記念コンピレーションに、STEVIE WONDER「AS」のカヴァーで参加。
  • 11月 ● 郷太が初のソロ・プロジェクト TEMPLE を始動。エスカレーター・レコードより発売された「GARAGE BANDITS」に「X DAY (Pt.1)」で参加。
  • 12月13日 ● NONA REEVES レコード・リリース10周年を記念して、橋本徹監修による『FREE SOUL / NONA REEVES』が発売。日本人バンドとしてはじめて、伝統のコンピレーション・シリーズに加わることになった。この月、3都市(東京・大阪・福岡)で「HiPPY CHRiSTMAS 2006」開催。郷太が TEMPLE としてリミキサーとして参加した FREDO のリミックス・アルバム「REMACK!」発売。奥田もギターで協力。小松、NONA REEVES の他にキリンジ、堂島孝平、Mellowhead のツアーで全国でドラムを叩く。佐野元春のレコーディングにもバンド・メンバーとして参加。

2007年

  • 1月 ● 郷太、近藤真彦の両A面シングルの1曲「情熱ナミダ」を作詞。作曲は筒美京平。
  • 2月 ● GO-GO KING RECORDERS の加納直喜をエンジニア、共同プロデューサーに迎えたアルバム『DAYDREAM PARK』発売。リード曲、「DAYDREAM PARK / デイドリーム・パーク」のライヴ映像は渋谷クラブ・クアトロでの「HiPPY CHRiSTMAS 2006」にて撮影された。
  • 3月 ● 「DAYDREAM PARK TOUR」名古屋よりはじまる。同月、NONA REEVES としてはじめてトリビュート・アルバムに参加した『Tribute to DAVID BOWIE』発売。矢野博康のプロデュースにより「LET'S DANCE」を完全カヴァー。奥田が作曲した「ドリーミング」が収録された坂本真綾のアルバム『30 minuies night flight』リリース。
  • 4月 ● 「DAYDREAM PARK TOUR」(東京・大阪・名古屋・福岡・札幌・金沢・新潟・広島)終わる。同月、郷太が作詞家として「FREEDOM」を提供した KAT-TUN のアルバム『cartoon KAT-TUN II you』リリース。FREDO, TEMPLE & HEALTHY BOY の一員として郷太、奥田が参加したコンピレーション・アルバム『LOVE BEAT DISNEY』発売。シンデレラの「夢はひそかに」をカヴァー。
  • 6月 ● 小松がドラマーとして全面的に参加した佐野元春のアルバム『COYOTE』発売。
  • 7月 ● 名古屋にて、吉川晃司主催のライヴに招待され共演。
  • 8月 ● 逗子音霊 SEA STUDIO にて、スペシャル・ライヴ「SUMMER MEMORY 2007」開催。冬の「HiPPY CHRiSTMAS」とともに恒例化することをメンバーは誓う。
  • 9月 ● 郷太が FREDO & TEMLE の一員として、人力舎のライヴ「バカ爆発!2007」の音楽を担当。奥田、ナイス橋本のサポート・ギタリストとして各地でライヴ。同月、2 DAYS LIVE 「MAD NONA」下北沢にて開催。
  • 11月 ● 奥田がギター、編曲、作曲で全面的に参加した土岐麻子のアルバム『TALKIN'』発売。郷太も作曲家として1曲提供。小松もドラマーとして参加。
  • 12月 ● TOUR「HiPPY CHRiSTMAS 2006」(東京・大阪)

2008年

  • 1月 ● メジャー・デビュー後すべてのプロモーション・ヴィデオをまとめた BEST DVD 『GREATEST HITS / VIDEO ONE』発売。

文中敬称略
取材・文責;NONA REEVES TRAVEL SERVICE
*2008年以降は現在編集中です。